天賦の兜ができるまで
五月人形のあり方を見直す
「雛人形はかわいいのでお家に飾りやすいが、鎧や兜は怖いので。。。」といったお声を耳にするようになりました。
これまで鈴甲子では、五月人形を伝統的な形から実物を精緻に模写する作品へと展開を広げ、自分達作り手がみて心動く作品を再現することに注力し、技術力に磨きをかけてきました。またそうした、職人として作りたい作品こそが五月人形として喜んでいただけるものだと信じてモノづくりをしてきました。
そんな中、上のようなお声を直接いただいた時はとても大きな衝撃で、作品作りの根本を見直すきっかけとなりました。こんな出来事から、インテリアに調和しつつも柔和すぎず、五月人形としての存在感も持たせたバランスの取れた作品を作ろうとはじまったのが、「天賦の兜」シリーズです。
季節感を感じられる作品を
コンセプトは「飾るのが楽しみになる作品」に決めました。4月の少し温かくなってきた風を感じたときに季節を感じられるような、冬に街を歩いていてクリスマスのライトアップを見つけた時の、季節を発見したような嬉しい感覚を感じられるような作品をつくろうと方向性をまとめました。
作品のこだわりや細部の技術の紹介
こどもの日のテーマを添えた配色の提案
威糸の配色には気を使いました。五月人形は3月20日・21日にある、春分の日以降に飾ることが多いとされています。そのため、その時期になると思い出せるような配色を取り入れようと考えました。
- 風が温かくなってきて、少し白みがかった空の水色
- 冬を越えてきれいな色をつけ始めた桜の華の色
- 雪が溶け、やっと見えるようになった大地の色
春の優しいイメージを作るにあたって、鍵となったのがパステルカラーでした。これまでの配色は実物に近い原色の鮮やかな赤や青など男性的な感覚が多く、パステルカラーのような薄い色合いのみで構成する配色は検討したことがありませんでした。
今回新たにパステルカラーの糸染めに挑戦したことで、天賦の兜の三色は誕生しました。空と大地は間に白が入った中白という配色です。空の白は雲を、大地の白は雪解けを表現しています。華は灰色の中に、薄紅色を入れています。これは寒い季節から、桜が見え始め春の訪れを感じるような表現を目指しました。
春の色に合わせた本体のコーディネート
金具の色は雄山では主に金・銀・黒とございますが、今回は 春の明るさを出すため、金色を採用しています。また糸の淡い配色を生かすため、天賦の兜の作品ではあえてツヤを消した金色の金具を多く用いています。全体的にボケてしまうため、ここで初めて締めとして、鍬形の台の縁を磨いてツヤを出して、バランスを取ることにしました。
吹き返しの部分には、龍村美術織物-たつむらびじゅつおりもの- の「桐に向鳳凰丸文錦-きりにむかいほうおうまるもんにしき- 」(通称:壬生寺裂-みぶでらぎれ- )を用いています。壬生寺は節句とは縁が深く、季節の節目という意味での「節分」の季節に壬生寺で700年行われる壬生狂言の衣装で、こちらの織物は採用されています。
デザインだけでなくこうした歴史背景を取り入れた裂地-きれじ- を用いることで、デザインだけではない重厚感のある作品が完成しました。
インテリアに調和する白木の温かさ
初めての試みだったのは、糸の配色だけではありませんでした。付属となる、兜を掛けておく芯木、収納のお櫃に白木を採用しています。通常、五月人形というと、黒いお櫃に濃い紫や緑の布をかぶせた飾り方が一般的ですが、今回の作品の世界観には馴染みませんでした。
今回の天賦の兜の作品作りにおいては「調和」がキーワードになり、空間になじませるデザインを目指しました。そのため現代の家に多い、白調に木目といった色の少ない自然なデザインを、付属品には採用することで、兜とのバランスを取ることにしました。
また、芯木は通常袱紗を被せるため見えなくなるのですが、今回は木の自然な印象をあえて全面に出そうと、曲線美のある見栄えのする芯木を新たにデザインし、見せる演出にしています。